『ベイブ』論 あるいは「父」についての序論
著:柿内正午
新書版/88P
2023年10月発行
■商品について
幼少期に自身を魅了した映画を、大人になったいま観返すこと。そのなかで得た直観は、ここにありえたかもしれない現在の「父」の姿が予感されている、というものだった。いまだこの国に蔓延る家父長制の粉砕を夢見るとき、自身をフェミニストと自認しすこしでもマシな実践を模索するとき、「父」なるものの有害さばかりが意識され、「男らしさ」をそのまま悪なるものと断じてしまいたくなる。しかし現状を確認したときにすぐさま気がつくのは、打倒すべき「父」なるものはすでに失効しており、ただ構造としての家父長制だけが残置されているということである。産湯と共に赤子を流すというが、むしろ「よき父」という赤子だけが流されてしまい、居残った臭い産湯が「男」の本質であるかのように捉えられているのが現在の状況ではないだろうか。(…)
では、「父」においてよきものとは何か。僕はこの問いを前に長年立ちすくんでいた。そのようなものが果たしてあるだろうか。「男」とは乱暴で汚らしいものでしかないではないか。内面化したミサンドリーに阻まれて、自身の性と向き合うことはなかなかに困難であった。そんななか、『ベイブ』を再発見したのである。当然、飛躍である。本稿は、映画論を方便としたごきげんな男性論の試みでもある。
(「はじめに」より)
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さながら実況中継のように映画の中で起こる出来事や描写を丁寧に追いかける第一章。その視聴体験を踏まえ、作中に登場する人物と照らし合わせながら「父」や「階級」について考察の準備をしていく第二章。不朽の名作『ベイブ』に焦点をあてることで、「父」や「男性像」のみでなく社会を取り巻くさまざまな構造について考える芽を提示する、思索の発射台的な一冊。
■目次
はじめに 映画館までの道のり
Chapter1. 『ベイブ』論
とある映画館での上映の記録
Chapter2. あるいは「父」についての序論
映画館の近くのカフェで